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【周年コラム】

前例のない道を歩み、未来を切り拓く

林 美加子 | 理事・副学長(ダイバーシティ&インクルージョン担当)、ダイバーシティ&インクルージョンセンター長

私のこれまでのキャリアを振り返ると、節目ごとに、それまで前例のなかった役割を担う機会がありました。大阪大学大学院歯学研究科で70年の歴史の中で初めての女性教授となり、日本歯科保存学会およびJapanese Association for Dental Research (JADR)では初めての女性理事長および会長を務めました。そして、新型コロナウイルス感染症のパンデミックという未曽有の危機の中、大阪大学歯学部附属病院の病院長として4年間、病院の運営と診療体制を担ってきました。

前例がないということ

2012年、私は大阪大学大学院歯学研究科の教授に就任しました。70年の歴史を持つ歯学研究科において、初めての女性教授でした。

研究者として自らの専門を深め、教育と研究に力を尽くすこと。それは、教授として当然の責務です。しかし、初めてという立場には、それまで意識されてこなかった慣習や、明文化されていない組織のあり方に向き合う機会も伴います。

私は、女性であることを理由に何かを特別に求めるのではなく、研究者として成果を上げ、学生や若い研究者を育て、組織に貢献することを大切にしてきました。一方で、自分がその立場に就いたことによって、後に続く女性研究者にとっての可能性が少しでも広がるのであれば、それもまた重要な意味を持つと考えてきました。

個人が新しい道を歩むことと、次の世代がその道を当たり前の選択肢として歩めるようになることは、同じではありません。真に組織が変わったといえるのは、特別な努力をした個人だけが道を切り拓けるのではなく、多様な人材が自然にその力を発揮できるようになったときではないでしょうか。

学術組織の中で、新しい役割を担う

日本歯科保存学会は、歯科臨床の根幹である「むし歯治療」に焦点をあてた学術団体で、そこで初めての女性理事長を務めました。専門分野の発展を担う学会の代表として、研究、臨床、教育に携わる多くの会員と協働し、学会の運営と将来を考える責任を担いました。

特筆すべきは、私の理事長の期間に、学会の悲願であった日本歯科専門医機構が認定する「歯科保存専門医」制度をスタートすることができました。これは、国際標準の良い歯科治療を患者様に提供し、学会を担う若い世代が成長できる基盤を整えるという、意義あるものと考えています。

JADRは、歯科医学研究の国際組織の日本部会で、そこでも初めての会長に就任しました。親組織であるInternational Association for Dental Research (IADR)では、歴代、多くの女性会長や理事が活躍する国際学術組織です。日本でも女性研究者が活躍してきたにもかかわらず、教授職に就く者が少ないことから、特に対外的に女性活躍が遅れている印象が否めませんでした。私は、奇しくも、お隣の韓国と同時期に初の女性会長に就任し、共にアジアにおけるDE&Iの推進に取り組むことになったことも、キャリアにおいては意味のある節目となりました。

これらの経験は、現在のDE&Iとグローバル連携の仕事にもつながっています。人材や知識が国境を越えて行き交う時代に、大学が持つ専門性を社会の発展につなげるためには、異なる組織、文化、価値観を結びつける力が必要です。そして、その連携を持続的なものにするためには、誰もが参画し、力を発揮できる組織の基盤が欠かせないことも明らかです。

コロナ禍の4年間、病院長として

2020年4月、私は大阪大学歯学部附属病院の病院長に就任しました。まさに新型コロナウイルス感染症のパンデミックが始まった時期でした。病院長としての4年間は、感染症への対応をはじめ、患者様の安全、診療の継続、教職員の健康と安全、そして病院の運営を同時に考えなければならない日々でした。

医療の現場では、判断を先送りできない場面があります。限られた情報の中で状況を見極め、関係者の意見に耳を傾け、組織として決断し、その結果に責任を持つ。病院長としての経験は、組織を率いることの重みを、実践を通じて学ぶ時間でもありました。

同時に、病院は一人のリーダーによって動くものではないことも、日々実感しました。歯科医師、看護師、歯科衛生士、技術職員、事務職員など、それぞれ異なる専門性を持つ人々が、共通の目的のために力を尽くして初めて、医療は成り立ちます。立場や職種の違いを越えて声を交わし、現場の知恵を結集することが、組織の力になります。

この経験から得たのは、危機に強い組織とは、単に指揮命令系統が整った組織であるのみならず、一人ひとりが自らの役割を理解し、必要な情報を共有し、互いを信頼して行動できる組織であるという実感です。

この考え方は、DE&Iを推進するうえでも大切にしたいものです。多様な人材が存在することを、実際の組織の力へとつなげる。そのための仕組みと文化をつくることは、大学の持続的な発展にも直結しています。

研究室から、次の挑戦へ

2025年4月、私は大阪大学の理事・副学長に就任し、大学本部でダイバーシティ&インクルージョンとグローバル連携を担当することになりました。歯学研究科で研究・教育に携わり、学会を率い、附属病院の運営を担ってきた経験を、今度は大学全体の発展に生かす立場です。

そして2027年3月、私は歯学部教授としての職を退任します。長年にわたり自分の研究と教育の基盤であった歯学研究科を離れることには、一つの大きな節目としての感慨があります。しかし、私にとってこれは、これまでの仕事を終えるというよりも、培ってきた経験をより広い範囲で生かすための、新たな出発です。

歯科医学の研究者として、国際的な学術交流や共同研究の重要性を学んできました。学会の代表として、専門分野を越えた協働の必要性を実感してきました。そして病院長として、多様な専門職が力を合わせることで組織が支えられることを学びました。これらの経験を、大学本部でのDE&Iとグローバル連携の推進に結びつけたいと考えています。

グローバル連携では、海外の大学との協定を結ぶこと自体を目的とするのではなく、研究者や学生が闊達に行き交い、知識と人材が循環し、新しい共同研究や教育プログラム、社会課題の解決につながる連携を実現したいと思います。大学が持つ知と知を結びつけ、異なる文化や専門性の間に新しい価値を生み出すこと。それが、国際的な大学としての大阪大学の可能性を広げる道だと考えています。

DE&Iについても、理念を掲げるだけでなく、大学の制度や組織運営の中に具体的な変化を生み出すことを目指したいと思います。性別や国籍、文化的背景、障がいの有無などにかかわらず、一人ひとりが能力を発揮できること。そして、これまで意思決定の場に十分に参画できなかった人々の声が、大学の将来を考える場に届くこと。そのために何を変えるべきかを見極め、学内の各部局と協働しながら、実行につなげていきたいと考えています。

私自身、これまでいくつかの「初めて」を経験してきました。しかし、私が本当に実現したいのは、初めての人が現れるたびに大きな努力を必要とする大学ではなく、多様な人材が自然に登用され、それぞれの力を発揮し、次の世代がさらに新しい挑戦を始められる大学です。

大阪大学から、次の未来を拓く

大学の強さは、蓄積された知識や研究設備、国際的なネットワークだけで決まるものではありません。そこに集う人々が、互いの違いを認め、それぞれの能力を生かし、共に新しい価値を生み出せるかどうか。そのことが、大学の未来を左右すると私は考えています。

歯学研究科での研究・教育、学会の運営、そしてコロナ禍の病院長としての経験。これまで歩んできた道の一つひとつが、今の私の仕事につながっています。そしてこれからは、DE&Iとグローバル連携という二つの領域を通じて、大阪大学の可能性をさらに広げていきたいと思います。

これまで自分が歩んできた道を、次の世代がより自由に、より大きな可能性を持って歩める道へとつなげる。そのことを、これからの私の仕事の大切な使命として、一歩ずつ取り組んでいきたいと考えています。

  

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