全国ダイバーシティ・ネットワークダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(牽引型)

人々の健やかな暮らしを支える ― 適塾の精神を継ぐ保健学科 ―

樺山舞 | 医学系研究科保健学専攻教授、総長補佐、ダイバーシティ&インクルージョンセンター教授(兼任)

歴史に根ざす保健学科と多様な人々を支える人材育成

私が所属する大阪大学医学部保健学科は、看護・放射線技術・検査技術の分野において、実践的かつ高度な教育を提供し、高度医療専門職・研究職として社会に貢献する人材の育成を目指しています。1838年に緒方洪庵が開いた適塾を源流とする日本の近代医学教育の草分けの精神を礎としており、西洋医学の黎明期から築かれてきた人と向き合う姿勢や実践重視の考え方は、今日の保健学教育にも脈々と息づいています。

中でも、明治9年(1876年)に始まった助産師教育は、日本最古の歴史を有し、命の原点に関わる支援や、女性の健康を支える取り組みを長年にわたって担ってきました。出産や育児を含むライフステージの重要な時期を支える専門職の育成は、女性の健康と権利に寄り添い、その活躍や社会参画を後押しするものでもあります。

こうした取り組みは、性別や背景にかかわらず、すべての人の尊厳を大切にするという、現代におけるダイバーシティ推進の価値にも通じています。伝統あるこの環境で、変化し続ける社会課題や価値観の多様化に向き合いながら教育・研究を進められることに、深い意義を感じています。

地域での実践、キャリアの中断と再出発、教育・研究者としての現在

さて、ここで私自身の経験について少しお話させていただきます。私は阪大保健学科第1期生として卒業後、海外大学院を経て、約8年間にわたり保健師として地域の現場で公衆衛生看護の実践に携わってきました。地域で出会う人々は、家族構成や生活環境、価値観が実にさまざまで、画一的な支援では真に必要とされるサポートにはつながらないことを、日々実感してきました。特に近年では、共働き世帯やひとり親家庭、高齢者の独居なども増加し、益々複雑化・個別化する健康課題に柔軟に対応する力が求められています。

一方で、私自身も仕事と家庭の両立に悩んだひとりです。医療従事者であっても、病気がちな子どもを育てながらの生活は想像以上に困難であり、日々変動する娘の体調への対応と業務との調整を重ねる中で、次第に無理が重なり、結果として職を離れる決断に至りました。それでも、キャリアを中断したくないという思いから学生の立場に戻り、博士後期課程へと進学。多くの方々に支えていただきながら、教育・研究の道を歩むことができました。現在は、看護・保健学の教育に携わるとともに、高齢者を対象とした地域ヘルスプロモーションに関する研究に取り組んでいます。

本専攻には女性教員が比較的多く在籍しており、それぞれが育児や介護、心身の健康、さまざまなライフイベントに向き合いながらも、教育・研究に取り組んでいます。こうした日々の工夫や葛藤は、女性職員に限らず、多くの教職員にも共通しており、それぞれの立場でバランスを取りながら前向きに努力を重ねています。そのような姿は、私自身にも大きな刺激を与えてくれます。むしろそういった葛藤や経験は、教育や研究にいっそうの広がりと深みをもたらしていると思います。ただ、持続可能なキャリアの基盤として、周囲の理解、情報の共有、支えあうつながりは欠かせないものですが、そういった環境の整備・提供は、まだ十分とは言えない現実があるとも感じています。

ダイバーシティの推進は、保健医療を含む社会のあらゆる領域において重要な視点です。私たちは、専門的知識と技術の発展に加え、社会や医療が抱える複雑かつ潜在的な課題にも柔軟に応答していく姿勢が大切と考えます。自分とは異なる価値観や、声を上げづらかったり気づかれにくい立場にある人々の状況を想像し、考え、行動できる力は、研究成果の社会実装においてその意義をいっそう高めることにつながるでしょう。

学生の皆さんへ

今、学びの途上にある皆さんも、悩んだり、立ち止まったりすることがあるかもしれません。でも、そうした経験もまた、将来きっと誰かの力になります。これから出会う人々や多様な価値観を尊重しながら、何よりも自分自身の気持ちにも丁寧に向き合い、焦らず一歩ずつ進んでください。私たち教員も、皆さんと共に歩んでいきたいと願っています。今後も、医学部保健学科において、人々の健やかな暮らしを支える教育・研究を通じて、包摂的な社会の実現に貢献していきたいと考えています。

コラム特集ページ

大阪大学男女協働推進宣言

Pick Up

  • 女性活躍推進のためのご寄付のお願い
  •          
  • みんなのSOGI多様性ガイドブック
  • 子育て・介護等両立支援ガイドブック
  • 阪大女性教員による学問のミニ講義 (夢ナビ)

Contents