
大学教育の「入口」で多様な学生と向き合う:全学教育推進機構から考える女子教育とインクルージョン
金森サヤ子 | 全学教育推進機構教授
「先生、ちょっとお話できませんか」。 講義後、こうして学生に声をかけられることがあります。話題は、自分の関心事や進路のこと、あるいは自分の選択に対する漠然とした不安など、実に様々です。こうしたやり取りは、全学教育推進機構で低年次の学部生と向き合う私にとって、ごく日常的な光景となっています。
大阪大学に初めて女子学生が入学してから90年、そして初の女性教授誕生から40年という節目を迎えた今、女子学生が大学で学ぶこと自体は、もはや特別なことではありません。しかし、学生たちの言葉に耳を傾けていると、「本来なら選べるはずの道」を、無意識のうちに自分で狭めてしまっている姿に出会うことがあります。「理系は自分には向いていない気がする」「将来のことを考えると、挑戦するのが少し怖い」。こうした言葉の背景には、個人の能力や努力の問題だけではなく、これまでに触れてきた情報や、身近に見てきたロールモデルの偏りがあるようにも感じられます。
2020年から私が携わってきているGirls Unlimited Program(GUP)は、そうした思い込みに問いを投げかけるキャリア教育プログラムです。女子中高生が、自分の関心や価値観を言葉にし、「やってみたい」と感じた気持ちを周囲から肯定される経験を重ね、一歩踏み出していく様子を、私は何度も目にしてきました。誰かに強く背中を押されるというより、「自分で選んでいいのだ」と気づく瞬間に立ち会えることこそが、この活動の何よりの価値だと感じています。GUPでは、大学生がジュニアメンターとして参加しています。彼/彼女たちは、中高生の話に耳を傾けながら、「かつての自分も同じことで悩んでいた」と振り返り、自身の経験を言葉にしていきます。そしてプログラム後には「中高生のための場だと思っていたけれど、実は自分自身が一番励まされていた」「誰かの選択を応援することで、自分の選択にも自信が持てるようになった」と語る大学生も少なくありません。女子教育は、次の世代を支えるだけでなく、今を生きる大学生自身の視野や自己理解を広げる営みでもあることを、彼/彼女たちの姿は教えてくれます。
![]() ―写真① GUP in Sendai 2025の様子― |
また、2025年8月には、全学教育推進機構が運営するOU-SDGsプログラムがD&Iセンターと共催し、「LGBTQを含む誰もが暮らしやすい未来社会について考える」ワークショップを実施しました。この場では、性的指向や性自認について学ぶ以前に、「安心して話せる場をどうつくるか」という点を大切にしました。ワークショップ後、ある学生が「こういう話題を大学で話していいと思っていなかった」と打ち明けてくれました。その一言は、場のあり方そのものが、学生の学びや自己表現の可能性を大きく左右することを、改めて私に実感させるものでした。
![]() ―写真② ワークショップの様子― |
女子教育について考えるとき、こうした教育プログラムと同時に思い浮かぶのが、修学環境の問題です。かつて本学では、女子学生がトイレを使うために別の建物まで移動しなければならなかった時代がありました。全学教育推進機構では、クラス代表懇談会などを通じて寄せられる学生の声を参考にしながら、共通教育棟におけるトイレの改修やパウダールーム、ALL GENDERトイレの整備など、修学環境の改善に取り組んでいます。これらは教育活動の前面に出ることは少ないものの、学生が安心して学びに集中できる環境を整えるための前提条件という意味で、極めて重要な女子教育の一環であると考えています。
![]() ―写真③ 改修後のトイレの様子― |
全学教育推進機構における女子教育は、数値や統計だけでは捉えきれない側面を多く含んでいます。しかし、大学生活の初期段階で、「ここにいてよい」「自分のままで学んでよい」と感じられる経験は、その後の学びや進路選択を静かに、しかし確実に支え続けます。女子教育とは、女子学生のためだけの取り組みではなく、多様な学生が共に学びやすい大学をつくるための基盤そのものです。大学教育の「入口」に立つ立場として、その基盤を丁寧に更新し続けることが、今まさに私たちに求められているのだと思います。












