
還暦を過ぎても
久保庭雅恵 | 歯学研究科 口腔感染制御学系部門 予防歯科学講座 教授
還暦を過ぎた今でも、研究室で思わず「Yes!」と声を上げることがある。
長い時間をかけて集めたデータによって、自分が考えていた仮説を支持する結果が見えた瞬間である。その瞬間の喜びは何十年研究を続けても色褪せることがない。
世界トップレベルを目指して研究に打ち込むためには、それなりの覚悟も必要である。研究のことを考えない日はほとんどない。休日であっても論文を読み、関連領域の研究の動向をチェックし、院生や教員から報告があったデータに目を通す。私生活との両立に苦労することもある。
しかし、それはスポーツの世界でも同じではないだろうか。世界の頂点を目指すアスリートは、競技に多くの時間とエネルギーを注ぎ込む。研究者もまた、知の最前線を目指すアスリートのような存在である。
ただし、研究者にはアスリートと異なる点が一つある。
アスリートには引退があるが、研究者には必ずしも引退がない。
身体能力には年齢による限界がある。しかし知的好奇心には定年がない。むしろ経験を積むほどに、見えてくる問いもある。若い頃には理解できなかった現象の意味が、何十年もの研究の蓄積によって突然つながることもある。
だから私は、還暦を過ぎてもなお研究が面白い。
新しいデータを見て興奮し、新しい論文を読んで刺激を受け、新しい研究計画を考える。学生や若い研究者と議論しながら、自分自身も学び続けることができる。このような人生を送れることは本当に幸せなことだと思う。
近年、世界各地で紛争や戦争のニュースを目にするたびに、その思いは一層強くなる。世界には、明日の安全すら保障されない環境で生きている人々がいる。そのような現実を考えると、私たちは平和な環境の中で研究に取り組み、しかも給与をいただきながら知的好奇心を満たすことができている。このことは決して当たり前ではなく、感謝すべき幸運なのだと思う。
だからこそ、若い世代には研究という仕事の魅力をもっと知ってほしい。
特に歯学部の女子学生には、自らの可能性を狭めないでほしいと願っている。
私が若い頃、女性歯科医師の多くは勤務医として働くか、あるいは配偶者が開業した歯科医院で診療に従事することが一般的であった。しかし現在では、自ら院長として歯科医院を経営する女性も珍しくなくなり、総合病院の歯科部長や診療科長として活躍する女性も増えている。
一方で、大学に目を向けると、学生の男女比がほぼ1対1になった現在でも、准教授以上の職位に就く女性教員は決して多くない。
研究の道を選ぶことに躊躇があるのかもしれない。あるいは、周囲の期待や固定観念が無意識のうちに進路選択へ影響しているのかもしれない。
しかし、研究者という仕事には、生涯にわたって成長し続けることのできる魅力がある。還暦を過ぎてもなお、新しい発見に心を躍らせることができる。そんな職業は決して多くない。
そして、そのような道を歩むためには、女子学生本人の努力だけではなく、社会全体の理解も必要である。私は近年、女子学生の親の意識改革以上に、男子学生の親の意識改革が重要ではないかと感じている。夫の両親の顔色をうかがいながら研究に打ち込まなければならない時代は、もう終わりにしたい。
能力のある人が、性別に関係なく挑戦できる社会であってほしい。そして本学の女子学生の中から、世界の歯学研究を牽引する研究者が次々と育ってくれることを期待している。
いつの日か、その誰かが還暦を迎えた研究室で、新しいデータを見ながら思わず「Yes!」と叫んでくれたなら、それほど嬉しいことはない。









