
子どもの頃から理系科目が得意だったんです。中学受験のときも、算数は得意だけど社会は本当に苦手で。中学に入ってからも、やっぱり数学が得意だったし、理科の実験も楽しかったので、その頃から理系に行こうかなとは思っていました。「お医者さんってかっこいいな」と思って医学部に行こうかと考えたり、「薬を作るってかっこいいな」と薬学部に憧れたりしていましたね。
高校生のとき、塾の先生から「医学部も薬学部もいいけど、いろいろな分野の基礎となる化学を勉強してみたら?」と勧められたんです。「化学科を出て薬の仕事に就くこともできる」と聞いて決めました。もちろん、医学部や薬学部だからこそ身に付く専門性があるとは思います。一方、化学科の卒業後の進路は、医薬系だけでなく化学系や材料系、食品メーカーなどもあって幅広いので、汎用性が高いという意味で、まだ将来の道が定まっていなかった当時の私にぴったりでした。
一人暮らしがしたかったから、実家から通える大学には行きたくなくて。関西だけでなく名古屋なども検討しましたが、いとこが大阪大学に通っていて一番身近だったし、オープンキャンパスで研究室見学をしたときに「かっこいいな」と思うラボがあったので、大阪大学を志望しました。
受験する時点では全然なかったですが、いざ合格してみると、ずっと東京で生きてきたのに関西で一人暮らしなんて大丈夫かな?と、少し不安になりました。でも、住んでみたらすぐに慣れました(笑)。

理学部化学科の学生は、約9割が修士課程(編集註:博士前期課程。以下同じ)に進むので、学部生の頃は「私も修士まで行こうかな」と考えていました。博士課程への進学を決めたのは、修士2年生に上がるくらいのタイミングですね。もともとは修士課程を終えたら就職しようと思っていて、修士1年生のときに就活をしていたんです。
製薬企業にインターンに行ったりして、就活は割と順調だったんですよ。でもその頃、取り組んでいた研究で良い結果が出始めて、どんどん楽しくなってきて。「もう少しこの研究を続けたい。まだまだアイデアがあるのにそれを試さずに研究を辞めるのは悔しい」という気持ちが強くなり、博士課程に進学することにしました。
もちろん迷いもありました。博士に進んだら就活で苦労するかもしれないし、今のうちに就職したほうがいいんじゃないかと。でも、自分の興味関心は就職よりも研究のほうに傾いていたので、その気持ちに従って決めました。先に博士進学を決めた研究室の同期が何人かいて、仲間がいるという心強さも大きな後押しになりましたね。
グルコースなどの単糖が鎖状に連結した「糖鎖」という物質を扱っていました。糖鎖は、細胞表層でさまざまな分子と相互作用し、免疫やがんなどの生命現象に深く関与しています。この糖鎖が持つ生命現象への影響を明らかにすることを目指して研究していました。
私が所属していた研究室は、自由度が高くて。自分でいろんなアイデアを考えては試して、トライ&エラーをずっと繰り返していたのが、すごく楽しかったですね。他のメンバーもそれぞれが全く違うテーマに向き合っていて、本当に懐の深いラボだったなと思います。

修士・博士の期間に、副専攻プログラムを履修していました。大阪大学には、学際的な学びを得るためのさまざまな副専攻があります。私が履修した「公共圏における科学技術政策」というプログラムは、科学技術に関わる社会的課題について、専門外の人々にどのように伝えるべきか、科学技術コミュニケーションや人文学・社会科学の観点から学べるプログラムでした。
大学院に進むと研究漬けの日々を過ごすことになるので、研究室以外のコミュニティもほしいなと思ったからです。副専攻プログラムでは、文系の学生や留学生と一緒に、科学技術の社会実装についてディスカッションをしたり、ファシリテーションを学んで実際にワークショップを行ったりして、多様な価値観にふれる良い経験になりました。研究室生活との両立は大変でしたが、研究に煮詰まったときのリフレッシュにもなって良かったです。
大変ながらも楽しく充実した大学院生活を過ごしたので、卒業した後の進路がなかなかイメージできなかったんです。修士の就活のときは製薬企業を目指していたのですが、博士の頃にはその興味も少し薄れていて。このまま研究の世界で技術職として歩んでいくのか、あるいは技術をサポートする仕事に就くのか。まずはそこから考えました。
例えば、特許事務所やコンサルティング会社などの選考を受けていました。副専攻プログラムで科学技術と社会について学んだということもあって、自分の専門である化学で社会にアプローチするような仕事に就けたらという思いが強くなりました。
そうですね。修士1年生の頃は、絶対に研究・技術職として生きていこうと思っていたんです。でも修士・博士課程を経て、研究自体はすごく楽しかったですが、研究対象だけにずっと向き合う仕事ではなく、もう少し社会と接点のある仕事がいいなと思うようになって。東京のコンサルティング会社か、兵庫県警の科捜研か、どちらに行くのか悩んで、最終的に科捜研に決めました。
コンサルティング会社に行ったら、研究の現場からは完全に離れてしまいます。一方、科捜研だったら鑑定や検査という形で実験作業には携わるので、自分がこれまでずっとやってきた得意分野を活かしつつ、社会とつながりを持てる仕事だと思って決めました。あとは、東京に帰りたくない、関西に残りたいと思ったのも決め手の一つでした。東京は家賃も高いし、そのまま関西で暮らしたかったんです。

ドラマのイメージよりも、めっちゃ地味だと思います(笑)。兵庫県警の科捜研は、法医科・化学科・物理科・文書鑑定科・心理科・大型放射光研究科という6つの部署に分かれていて、私は化学科に所属しています。化学科には、薬毒物を扱うチームと、車の塗料といった工業製品や材料を扱うチームがあり、私が担当しているのは薬毒物の鑑定・検査です。例えば職務質問された人が、何かわからない粉や液体を持っていたら、それが違法薬物ではないかを調べます。
決められた枠組みの中で、手続きに則った方法で鑑定を行うことです。学生時代にやってきた「研究」と、今仕事にしている「鑑定」は、似ているようで違うんですよ。研究だったら、正しいデータさえ取れていれば、そこに至る過程や方法はあまり問われません。でも鑑定では、手続きに則った方法をとっていなければ、裁判の結果がひっくり返ってしまう可能性もあります。
はい。裁判という、その人の人生を決めるような場面の一端を担う仕事だからこそ、過程が重要だというのがとても大きな学びでした。正しい道筋の鑑定を一つひとつ積み上げていくことが大切な仕事だなと感じています。
たくさんあります。例えば、マイクロピペット(微量の液体を扱うための器具)などの実験器具の使い方ひとつとっても、正しく使えないと誤差が生じてしまうため、これまでの研究で積み重ねてきた経験が役立っていると感じます。また、鑑定の仕事では、複雑なデータを細かく正確に見ていく必要があるので、研究室生活で培ってきた「データに向き合える胆力」が活きていると思いますね。
そうですね。例えば粉を調べるとしたら、それは100%覚せい剤かもしれないし、別の成分も混ざっているかもしれない。人の尿を調べることもありますが、食べたものや飲んだものだけでなく、タバコを吸っていたらニコチン、コーヒーを飲んでいたらカフェイン、薬を飲んでいたらその成分など、検出されるものは本当にさまざまです。その中に違法薬物があるのかないのか、データを一つひとつ注意深く精査していかなくてはいけません。複雑なデータに向き合うにはやはり胆力が必要ですし、その力を養えたのは研究に真剣に取り組んできたからこそだと思います。

自分が楽しいと思える道を選ぶことです。進路やキャリアを選択するとき、先々の見通しを立てて、「こっちのほうが有利」とか「安定している」といった理由で選ぶ人もいるだろうし、選択の軸は本当に人それぞれだと思います。私の場合は、そのときの自分の興味関心に従って選んでいます。
大学院を出て就職するとき、「せっかく博士まで行ったんだから、研究職に就いたほうがいいんじゃない?」と言われることもあったんです。修士を終えて就職するか進学するか考えていたときも、「今就職しておいたほうが安泰じゃない?」という意見もあったし、自分でもそう思いました。でもやっぱり私は、10年後20年後に後悔しないように、今の自分が興味を持っていることをちゃんとやりたい。「後悔はしたくない」という気持ちが大きいですね。
好きなことを好きなだけ学べる期間って、人生の中でそれほど長くないと思うんです。だから、興味のあること、やってみたいことがあるなら、学生の期間くらいはその気持ちを優先したらいいんじゃないかなと思います。就職に有利だとか不利だとかあまり考えすぎずに、自分が好きなことを学べる学部を選んでほしいですね。あとは、大学に入学した後でも、もし新たな興味関心が出てきたら、他学部の授業を受けることだってできるということも伝えたいです。
はい。もしも進路を変えたくなったら、学部・学科を変更する試験を受けるなど、いろんな方法があります。私の友達の中には、大学入学後に「やっぱり医者になりたい」と言って文系学部から医学部編入した子がいましたよ。大学進学のタイミングで人生が決まるわけじゃないから、そんなに重く考えすぎなくて大丈夫。そのときの自分が本当に興味のある道を選んだら、きっと後悔しない人生を送れるはずだと思います。

好きなバレーボールチーム「大阪ブルテオン」のユニフォームを着たぬいぐるみがお気に入りです。私自身はバレー経験がないのですが、大学院時代に学生向けの無料招待に当選して、ラボのメンバーと一緒に試合観戦に行ったのがきっかけでファンになりました。ぬいぐるみは通勤カバンにいつも付けているので、他部署のバレーボール好きの人が気づいてくれて、それを機に仲良くなったことも。推しグッズが人との縁をつないでくれています。
